『多喜二記念の夕べ』満員の記念講演!


takiji6.jpg 小林多喜二生誕100年・没後70年の記念行事、「多喜二記念の夕べ」が、市民センター<マリンホール>(色内2-13-5)で、20日(木)18:30より行われた。
 「記念の夕べ」は、書簡・年譜の朗読、詩の朗読、そして作家、澤地久枝さんの記念講演、“のこされた「証言」”に注目が集まった。
 会場は650人超の人で埋め尽くされ、立ち見や通路に座り込む人の姿までが見られた。会場に入れなかった人は、場外のモニターで眺める以外方法がないほど、多くの人が詰め掛けた。
 小樽明峰高校教員の石澤隆一さん、小樽工業高校教員の柴田健一さんによる書簡・年譜の朗読は、田口瀧子を思いやる、多喜二の赤裸々な気持ちが表われたものだった。また、詩の朗読は、劇団新芸の宮津泰子さんによるもので、詩は今日の「記念の夕べ」のために、土井大助さんが書いたものだった。
 詩は「我々が生きている現在、多喜二が生きていた時代と、何が変わっていよう」という痛烈なものだ。最後の“のこされた「証言」”は、澤地さんのアメリカのブッシュ政権や、小泉政権に対する怒りをブチまきながらの講演だ。イラク攻撃などはもってのほかで、戦争からは何も生まれはしないという、澤地さんの持論が展開された。
 戦前の思想統制下の暗黒時代、多喜二は共産党員として虐殺された。澤地さんは多喜二の共産党員としての側面だけでなく、人間多喜二としての側面を強調した。それを多喜二の傍にいた女性の「証言」として語った。
takiji5.jpg 田口瀧子は、澤地さん自身何度も取材を試みたが、最後まで、会うことは出来なかったそうだ。多喜二と瀧子の関係は、伝え聞く以上に、ずっと繊細なのではないかと、澤地さんは説明した。
 また、多喜二の東京時代の女性とされる、伊藤ふじ子については取材に成功した。当時、伊藤ふじ子は、漫画家の森熊猛の妻であったが、澤地さんはおかまいなしに多喜二との関係を取材したそうだ。
 「よくそんな蛮行をするね」と、周りに言われたそうだ。澤地さんが、実際に取材を重ねて、辿り着いた結論はこうだ。「戦前の統制下、イデオロギー抜きで、あくまで人間として、多喜二を守った市民がいた。そっとおにぎりを差し出すような、名もない温かい人がいた。」
 講演は熱を帯びながら、1時間15分に及んだ。