市立病院の負担に斜陽小樽は耐えられるか

 

 

籏本智之

小樽商科大学大学院商学研究科

アントレプレナーシップ専攻

 

1. 市立病院の財政状態

 まずは図表1を見てみよう。小樽市の病院事業に関する平成17年度末(平成18331日)時点での貸借対照表です。貸借対照表とは、組織の所有する財産を意味する「資産」、返済しなければならない債務を意味する「負債」、資産と負債の差額である正味財産を示す「資本」によって組織の財政状態を表した計算表です。金額を確認すると、資産の合計が47億円8700万円、負債の合計が574300万円、資本の合計がマイナスの95500万円となっています。貸借対照表は定義からいって、資産=負債+資本となっているはずです。図表1でも確かにそうなっています。

 

図表1 小樽市病院事業貸借対照表

                                                           平成17年度末                    (単位:百万円)

固定資産

2,216

固定負債

4,400

 (取得原価

6,245)

流動負債

1,343

 (既償却額

4,047)

 負債合計

5,743

流動資産

1,653

資本金

5,098

繰延勘定

917

剰余金

6,054

 資産合計

4,787

 (資本剰余金

638)

 

 

 (欠損金

6,692)

 

 

 資本合計

955

 

 

負債資本合計

4,787

なお、マイナスの金額には△をつけている。

出所:http://www.city.otaru.hokkaido.jp/maru/zaisei/ yosan-kessan/H17/h17kessan.htm 

注:適宜切り捨てしているため、合計には一致せず。

 

 この表の作り方は簿記や会計学の知識が必要ですが、表のイメージを大雑把に掴むのはそう難しくはありません。平成17年度末の小樽市の病院は、「478700万円の財産を持っているが、同時に負債を574300万円負っているので、正味で言うと価値はマイナスの95500万円である」と理解すればよいのです。

 貸借対照表は写真に喩えられるように、一瞬をとらえたものです。貸借対照表の作成日の次の日からどうなるのかを示すものではありません。とはいえ、どうなるのかは誰しも気になります。とくに、負債の資金提供者、資本の所有者、病院の職員、現在の患者および将来の患者は病院が今後どうなるのだろうかと気になるでしょう。今後を予測するためにも現状を理解しなければなりません。

 さて、負債も気になるが、資本のマイナスから解説しましょう。図表1をよく見ると、資本合計マイナスの95500万円は資本金の509800万円に剰余金のマイナス605400万円を加えたものであることがわかるでしょう。これは重要なことを示しています。資本金は事業を始めるのに用意した資金の内、返済を要しない資金です。剰余金は事業の毎年の結果である利益または損失を積み重ねたものです。当初用意した資金を損失を積み重ねる内に、底を尽きただけではなく、マイナスの状態になっているのが平成17年度末の市立小樽病院の状況なのです。

 通常、資本がマイナスの状態だと事業を運営する上で支払い用の現金が足りなくなることが多くなります。職員に給料を支払ったり、注射器やガーゼのようなモノの購入代金を支払ったりしなければなりませんが、そのための現金が手元になくなってしまいます。そこで、借金が必要となります。平成17年度末の負債のなかには、こうした資金繰りのための借金が含まれています。固定負債の44億円が資金繰りのための借金です。

 つまり、市立小樽病院は平成17年度末の状態で、過去から積み重ねてきた損失がついには当初用意した資金を上回り、運営上資金繰りがつかず、借金をしている状態なのです。

 

2. 市立病院の経営成績

 過去からの積み重ねがどれほど大きなものか、驚く人もいるかもしれない。図表2を見てください。

 

図表2 小樽市病院事業損益計算書

                                                             平成17年度 (単位:百万円)

医業収益

9,412

医業費用

10,114

 医業損失

701

医業外収益

1,126

・・・中略

 

 経常損失

114

・・・中略

 

 当年度純損失

136

 前年度繰越欠損金

6,556

 当年度未処理欠損金

6,692

なお、マイナスの金額には△をつけている。

出所:http://www.city.otaru.hokkaido.jp/maru/zaisei/ yosan-kessan/H17/h17kessan.htm

 

 損益計算書は一定期間、通常は1年間の「努力」と「成果」の対照させた計算表です。医療サービスの提供という成果は「収益」と表示され、その成果を得るために払った努力を「費用」として表示しています。図表2では、下から3行目で「当期純損失」として13600万円計上されています。収益よりも費用の方が大きかったのです。下から2行目は前年度、つまり平成16年度までに積み重なった損失が655600万円あるということを示しています。そして、最終行は当年度の損失と前年度までの損失を加えて669200万円の損失が積み重なりましたと書いているのです。

 利益は収益マイナス費用で計算されますが、利益が出るということは努力と成果を比較して成果の方が大きかったことを意味します。市立病院という公益性の高い事業であるから、積極的に利益を出すということは公益性に反するとも考えられるが、利益を無視すると損失を許容することになりかねません。事実、市立小樽病院は損失を積み重ねてきており、損失を出す事業を許容してきたのです。

 

3. 新病院への立替

 平成17年度末の財政状態と同年度の経営成績を見ましたが、この病院が新しい病院を建て直そうとしています。平成1812月に発表された計画によると、新病院の「土地取得費を除く事業費は、・・・156億円程度を見込んでいます。このうち、・・・起債の額は153億円程度」となるというのです。新病院の事業費とは、前述の貸借対照表上の用語を使うと、資産を増加させることになります。起債とは、自治体が企業債を発行して資金を調達することですが、資本金を増加させることです。新病院の完成が平成23年度と計画されているので、計画に基づいて貸借対照表に与える影響を見てみよう。図表3は平成23年度末の貸借対照表のイメージです。ずいぶん多額の投資であることが理解できるでしょう。

 

図表3 新病院完成時(平成23年度末)の貸借対照表のイメージ

                                                    平成23年度末   (単位:百万円)

+15,600

固定資産

2,216

固定負債

0

 

 

 (取得原価

6,245)

流動負債

1,343

 

 

 (既償却額

4,047)

 負債合計

1,343

 

 

流動資産

1,653

資本金

7,298

+15,300

 

繰延勘定

917

剰余金

3,854

 

 

 資産合計

4,787

 (資本剰余金

638)

 

 

 

 

 (欠損金

4,492)

 

 

 

 

 資本合計

3,444

 

 

 

 

負債資本合計

4,787

 

注1:図表1の数字を原則そのまま使っているが、固定負債の解消計画(一般会計からの繰入金が22億円、病院の自助努力が22億円)が発表されたので、その計画に基づいて修正している。この点は講演時には修正していなかった。

注2:平成17年度末から6年経過するので、固定資産の減価償却が進むので、その間に設備等を購入しなければ、資産合計は減少しているはずだが、ここでは無視した。

 

 4. 投資案に対する疑問

 この新病院建て替えという大規模投資について、次の3つの疑問を筆者は抱きます。

・投資規模は市場の観点から適切なのか。

・起債できるのか。

・欠損金はどうするのか。

 先ず第1の点について説明します。市立小樽病院は医療サービスを提供していますが、医療サービスを提供している組織はほかにも市内には多数あり、競争状況があります。医療サービス市場の成長性が低い以上、他の組織との競争に勝てるのでしょうか。他の組織が提供し得ない特殊なサービスを提供するとしても、そうした市場向けに156億円の投資が必要なのでしょうか。

 第2に、起債という手段で資金調達ができるのでしょうか。自治体の発行する公債に格付け制度が導入されている現在、返済能力が低いと格付けは下がります。低い格付けで起債すると、利子率が高くなり、利益を圧迫してしまいます。また、資金必要額を調達できないかもしれません。

 ところで、図表3では起債額を資本金にプラスするとしました。返済しなくてもよい資本金なのに、なぜ返済能力が問題になるのかという疑問があるかもしれません。建物や医療機器などを起債して購入したあと、年々、建物や医療機器の価値は減少していきます。この価値の減少額は費用として収入をもたらしてくれる収益から控除されます。一方で価値の減少は支出を必要としません。したがって、価値の減少額の分だけ現金が余るはずです。この余る現金で起債額を返済していくのです。図表3に即して言うと、資産の合計が少なくなっていき、起債額、つまり資本金も少なくなっていき、起債条件をうまく設定すると資産と資本金の両方が釣り合うように減っていくのです。損益計算書で損失が出ていない限り、起債したとしても返済は問題ないのですが、市立小樽病院の場合、損失を計上し続けていますから、返済能力が問題になるのです。

 最後の疑問について説明します。図表3では、平成17年度末にあった固定負債44億円を解消した形にしてありますが、それでもなお、欠損金は449200万円あります。新しい病院を建てたとしても欠損金は残っています。これをどうやって解消するのでしょうか。新病院が十分な利益を得て解消できるのでしょうか。一般会計から繰り入れて解消するのでしょうか。そもそも新病院は利益を出せるのでしょうか。建物や設備が新しくても、職員が利益意識を持たない限り、今まで同じように損失を生み出すのではないでしょうか。なお、費用削減がサービス低下を招き、収益が減少するため、費用削減の効果を打ち消してしまうこともあるので、単なる費用削減ではなく、利益意識が必要です。

 

5. 経営者の義務

 結局、これら3つの疑問は、新病院は利益を獲得できるのですかと経営者に訊いているのです。経営者は疑問に答えるべく、実現可能な戦略を明確にする必要があるのです。また、明確にするだけではなく、新病院で利益を出すことを実行しなければなりません。戦略の立案と実行は、営利、非営利にかかわらず組織の経営者に課された義務です。市立小樽病院に優れた経営者が登場することを願っています。

 

(付記)本稿作成中に小樽市財政部作成の「『財政再建推進計画』の収支試算等の見直しについて」という資料を入手した。そこでは、改善目標額(財政効果額)のなかの歳出削減対策として、特別・企業会計の収支改善(繰出金の縮減)を平成20年度に153000万円、平成21年度に162000万円としている。これは病院事業会計の不良債務解消分の繰出金の増額(平成20年度で10億円、平成21年度で115000万円)を反映した数字であるという。病院事業会計以外の特別・企業会計への繰出金を平成20年度で253000万円、平成21年度で277000万円減額することになるが、果たして可能なのであろうか。なお、「平成20年度度21年度の財政効果には、平成19年度までに行った取組の効果も含まれています」と説明されている。



本稿は平成1933日小樽マリンホールで行われた「長 隆氏特別講演会」の中で行った筆者の講演に加筆修正したものである。