消える小樽の”音楽文化情報発信地” 「玉光堂」解体工事 

 現在、市内の中心商店街・花銀通りの一角から、3階建の建物を解体する重機の轟音が響き渡っている。
 レコード・CD販売大手の株式会社玉光堂(花園1-10-5・小日向義廣代表取締役社長)の花園店と本社の解体工事が真っ最中で、近日中にその姿が街から消え去ることになった。
 小樽市花園創業の道内最大のレコード・CDショップだった株式会社玉光堂。1942(昭和17)年創業以来、北海道一の販売数を誇り、レコードから現在のCDまでの時代を通じて、長い間、玉光堂と言えば、小樽の音楽文化情報の発信地であった。
 演歌、洋楽など、その時代に流行った音楽情報をいち早く手に入れるために、音楽好きの小樽人が足しげく通った。「演歌歌手の登竜門だった」。「北海道で売るなら、まず玉光堂にいかなきゃだめという話もあった」という。
 音楽に興味を持ち始める小中学生の多くは、お小遣いを握り締めて、玉光堂に立ち寄り、新発売のレコードやCDを購入した。予約すると発売前日に手に入れることができるため、白黒で印刷された予約用紙に名前と住所、電話番号を記入し、予約ボックスに入れた。
 人気のアーティストのレコードやCD発売当日は、購入した商品と特典のポスターを入れた白に紺と金色のデザインの袋を持つ人が多く見られた。楽器コーナーもあり、バンドを始めた学生たちがギターやベースを抱えながら入店する姿も多かった。
 「レコードやCDを予約すると発売日前日に手に入れることが出来たから、花園店に通った」。「アーティストのポスターの特典もあって、それを目当てにCDを買いに行った」。「小樽の若者の多くは、小遣いを握り締めて、初めてレコードやカセットテープを買った場所が玉光堂だ」。「全盛期には、売れる前のアーティストが花園店の前で歌ったこともあったな」と、当時を思い出す会社員も。
 HIPHOPやレゲェなど多岐にわたる音楽ジャンルの流行、タワーレコードやHMVなどの大手CDショップの波に押され、花園店は規模縮小に追い込まれていった。2003(平成15)年には創業場所の花園店を閉じ、6年間、シャッターが下りた状態が続いていた。
 その小樽の中心商店街の衰退の象徴のように、花銀通りに大きな店舗を構えていた玉光堂がついに解体され、消え去ることになった。市民に長年親しまれた青とクリーム色の縞模様の建物は、防護用シートに覆われ、花園銀座通りからはもう見ることは出来ない。JR函館本線側からは、重機でこの建物が次々に壊されている現場を見ることが出来るが、唸りを上げる重機の音が、侘びしさを一層強くしている。
 解体工事は、12月中に終了予定。同社では跡地の利用は決めていないため、その後には、商店街のど真ん中に何もない空地だけが残るという寂しい場所となる。
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