山本学長講演会「小樽の街と商大」 小樽商工会議所女性会


yamamotokouenkai.jpg 小樽商工会議所女性会(村井瑞子会長)は、11月12日(金)17:00から、小樽経済センター(稲穂2)で、小樽商大の山本眞樹夫学長講演会「小樽の街と商大」を開いた。
 同会は、「女性としてのしなやかな発想を持って、地域振興のため」に、講演会活動などを開催している。今回は、来年創立100周年を迎える商大の山本学長を講師に迎えた。
 講演に先立ち、村井会長が、「愛する小樽のこれからのあるべき姿と地域の大学を考える機会になれば」と挨拶した。
 山本学長は、「小樽の街と商大」と題し、明治時代の写真をスライドしながら、「小樽が栄えたのは、基本的には石炭と、日本で3番目に敷設された手宮の鉄道。小樽は石炭ととともにあった街。本州から炭鉱町に物資を運び込む街として栄えた。私は、中学高校と奥沢地区に住んでいた。ここにはミツウマや第一ゴムなどゴム会社があり、酒蔵もあった。小さいが船はやたらあった。
 北海道で大きな街は、小樽、函館、札幌だった。函館は9万、小樽も9万、札幌は6万7,000人くらい。函館と第五高商誘致で争ったが、当時の小樽の豪商が、敷地一万坪と5万円の寄付を行い勝った。当時の小樽の街の予算は30万円だった。学校の建築費37万円のうち20万円の負担があり、それを飲み込んだものの、全額の負担は出来ず、5万円は、道庁が函館とその他の街に振り分けた。函館は可哀想。誘致争いに負けた上、金も出した。小樽商大は、国にほとんど頼らず、小樽市民が作った大学と言える」と、途中冗談を交えながら、小樽や大学の歴史を振り返った。
 伊藤整や小林多喜二、高浜年尾の日本の近代文化を代表する3人が写るフランス語劇の写真、一回生の修学旅行の様子、文系では唯一の室内温水プール、ジャンプ台などを紹介。約120人の参加者は、小樽と商大の関わりについてじっくりと聴講していた。
 質疑応答では、女性参加者が、「商大の学生たちは、小樽の活性化について良くやってるなと思っている。どのように学生を掻き立てているのか」や「昔と今の学生の気質が異なるなと思うこと。希望は」と質問。
 これに対し、「けしかけている訳ではないが、人間的な魅力、好奇心に基づく行動力があるというのが品格と思っているので、とにかく行動をしようということは随分言っている。特に女子学生が頑張っている。これも今の時代なのかな。実学の延長、品格の延長ととらえている。今の学生は物怖じしないことがいっぱいある。私の時代は飲んでばかりだったな。今の学生は行動的だが、もう少し本を読んで欲しいと思う。小樽の人口13万人はフィールドワークやるにもちょうど良い大きさ。ラーメン屋が60店で学生が調査するのにちょうど良い。勉強になる」と答えた。
 最後に、女性会から山本学長へ5万円の寄付金を手渡し、講演会を終えた。