宮澤賢治の世界展とプラネタリウム体験 市立文学館


miyazawakenji2.jpg 幌内鉄道130年記念企画展「銀河鉄道の夜 宮澤賢治の世界」が、2月2日(土)から3月31日(日)まで、市立小樽文学館(色内1)で始まった。没後80年目を迎える宮澤氏の世界を童話「銀河鉄道の夜」を中心に紹介している。
 宮澤賢治は、1896年岩手県花巻市に生まれ、農業高校の教師となる。最愛の妹を1922年に亡くし、亡き妹の面影の後を追い求め、多くの詩を書く。1924年には、修学旅行で花巻農学校の生徒26名を引率し小樽を訪れ、小樽高等商業学校(現・小樽商科大学)や小樽公園を見学した。この頃から「銀河鉄道の夜」を書き始める。同文学館では、1977年に特別展「宮澤賢治一通の復命書」を開催している。
miyazawakenji1.jpg 会場には、「銀河鉄道の夜」から一部を抜粋して展示し、物語に合わせて銀河やはくちょう座の写真などを展示し、物語の世界を体験できる。また、「銀河鉄道の夜」や修学旅行直前の詩集「春と修羅」の草稿(複製)、行程などが詳しく書かれた修学旅行復命書や、伊藤整が写っている小樽商校の外国商業実践室や大正末期の小樽公園の写真など、多くの関連資料を展示している。
 玉川薫副館長は、「宮澤賢治が小樽へ来た大正13年から、銀河鉄道の夜を書き始め、物語と小樽は、意外なところで繋がっている。小樽へは3度訪問し、前の年には樺太へ、最愛の妹を亡くして、面影や魂を追いかけて旅立ち、詩に書いている。修学旅行で小樽へ来て、辛い妹の死を乗り越え新境地に立ち、辛いことを潜り抜けて悟りを得て書き始めている。主人公のモデルはいろいろと上げられるが、妹も大切な主人公の1人、北海道の旅や修学旅行が銀河鉄道の旅だった」と話した。
miyazawakenji3.jpg 企画展に合わせ、14:00から同館古本コーナーを会場に、ワークショップ「プラネタリウムをつくろう」で、ダンボールを材料にドームを製作し、「銀河鉄道の夜」の世界を体感した。作業をしやすいように職員があらかじめ下準備をし、ダンボールを切り、半分のドームが組み立ててあった。
 ドームの仕組みについて市立美術館の旭司益副館長より説明があった。ドームは直径3.4m・高さ1.7mの大きさで、10人くらいが入れる大きさ。参加者は、左右対称の2つの台形と三角形のパーツ3つを張り合わせる作業から開始した。半分出来上っているドームに張り合わせ、1時間15分程で完成した。
 量徳小学校から譲り受けたプラネタリウムの機械や、セガトイズのホームスターが使われ、夜空が映し出された。ドーム形に写すため、日本よりかなり北上した星空が再現された。天の川や流れ星、オリオン座を見ることができ、参加者や関係者から歓声が沸いた。
 参加者は「面白かった。ガムテープを張るところが大変だった。星が綺麗だった」と感想を話した。旭副館長は「出来映えは想像以上です」と満足していた。
 なお、このドームプラネタリウムは、同企画展期間中会場に展示している。
 問合せ:0134-32-2388 市立小樽文学館(色内1)