現代美術家・阿部典英氏×美術評論家・吉崎元章氏 クロストーク

  市立小樽美術館(色内1)企画展 阿部典英挿絵原画展ー物語る色と線ーと酒井忠康のあゆみ展の関連事業が、企画展最終日の前日の6月13日(土)現代美術家・阿部典英×美術評論家・吉崎元章クロストークが開かれ、酒井忠康のあゆみを辿り、阿部典英の創作の今を語るトークに、定員を超える52名が耳を傾けた。
 
 
 彫刻家の阿部氏は、札幌市生まれ、島牧村で少年期に疎開経験があり、当時育まれた感性が作品に活かされ現在に至る。彫刻、立体、インスタレーションなど多岐に渡り勢力的に個展やグループ展で発表し、国内外で高く評価されている。 同企画展で紹介している挿絵や原画には、同氏ならではの鋭い観察眼とユニークな創造力が息づいている。小樽在住。
 
 一方、吉崎氏は、苫前町に生れ、美術評論家で、1990年に開館した札幌芸術の森美術館の準備段階から学芸員として携わり、2008年からは副館長、2021年4月より本郷新記念札幌彫刻美術館館長。北海道美術批評誌「美術ペン」同人。彫刻や札幌の美術を中心に多くの展覧会を手掛けている。酒井忠康氏とは長年に渡り交流がある。
 
 
 最初に、阿部氏の挿絵展に驚き、挿絵と彫刻の結び付きについて、吉崎氏は尋ねた。
 
 阿部氏は、6歳より森、寿都、島牧へ兄妹6人と母親と疎開した話や、札幌東高校へ入学し、そこで、書道の先生の加納守拙氏に出会い指導を受けた事で、今の自分があると語った。
 
 書道の時間の様子を、基本的な書体ではなく、自分流で筆ではなく、竹箸で描いた作品などを綴じたスケッチブックを来場者に回して見せたり、加納先生が褒めてくれた方向へ自然に導かれたという。卒業以降は書は書いていない。めざすは美術だった。
 
 
 ひとつの物を追求する人が多い中、咄嗟に閃く事を表現に残す。子どもの頃からの発想で、そこから作品が生まれた。作品を創る上で、どんなものにも関心をもつことだと強調した。
 
 
 吉崎氏は、阿部氏と島牧村に追った事があり、奇岩を見て発想し、無邪気さや豊かな造形を作りだしたのはここだと感じたという。
 
 この企画展は、酒井氏が北海道文化賞を受賞記念に開催された。同氏は余市出身で、札幌芸術の村野外美術館で中心となる。慶応大学卒業で、金沢近代美術館に勤務し、1992年に50歳で館長に、2004年に世田谷美術館館長。公立の美術館組織の理事長となった。近代美術の研究、現代美術の評論活動を行う。
 
 会場には、酒井氏の弟が来場し、「素晴らしい人に恵まれたからこそ成長したと思う。人を大切にする人だった」と、兄について語り、吉崎氏は、「余市での体験は、その後の自分のいろいろな物を見る上での重要なものになった。彫刻というのは作る側も見る側もその人にある風土を探す事に繋がる。激しくも美しい自然に恵まれた積丹半島で育ち、体に染みついた感覚で彫刻と会話する事ができた。その後の美術を見る目は、余市でいろいろ体験したことが重要だった」と、酒井氏について紹介した。
 阿部氏も酒井氏について、「大先生で、同じ後志にいて魚で大きくなり繋がっている。日本の美術家の願望は、酒井さんに書いてもらいたいと思う。書いてもらった文章からは、褒める事が多い中で、人の言わない事を言う人で、北海道の宝であって、年はとったがお互いに頑張りたい。」と、話した。
 
 2001年の芸術の村の野外美術館で砂澤ビッキの4つの風の作品についてのシンポジウム開催時のエピソードも紹介され、貴重な話を聞く事ができた。