2016年1月のベストマスター
トーイズスウィート

神野(かんの) 修平マスター

 東雲町出身、堺小学校・菁園中学校・千秋高校(現小樽工業高校)と進み、「頭悪かったんで、潮陵高校には行けなかったんですよ。うちの兄弟はみんな潮陵なんですよ。東雲町の水天宮さんの階段の脇の小樽聖公会堂の近くが実家で、繊維の神野として知られていた。うちの親父は、みんな札幌に出て行くのに、自分が小樽から出て行くと、小樽がだめになると言って、最後の最後まで小樽に残っていた気骨の人だった」。

 「サウンドオブミュージックっていうジュリー・アンドリュースの映画があって、中学の頃かな。ものすごく強烈に残ったんですよ。その後、俺もこんな豊かな自然のあるところに行ってみたいなぁとずっと思ってて、それはスイスってイメージだったんです。実際はオーストリアだったんですが、“俺スイスに行きたい!”ということが、頭の中に残っていたんですね。その時はコックになるなんて全然思ってなかったんです。スイスは行きたいってずっと思ってたんで、絶対行くぞと頭に刻んでいて」。

 高校を出てから、東京に。「中学からバレーをずっとやっていたんで、推薦で拓殖大学へ行ったんです。バレー推薦で入って、行ったらスゲイ学校でね、バレーを続けるつもりも無いから、それで結局、半年で辞めちゃって、その頃親父が死んじゃったんで、いろいろ人生が変わっちゃって。大学辞めて翌年に、やっぱり料理やりたいなと、YMCAというホテル学校に入ったんです。

 その学校実習でホテルに行かされるんですよ。その頃に知り合ったのが、横浜の北原照久(ブリキの博物館長)。知り合うきっかけを作ったのは、その当時、四谷のスナックでアルバイトしていたら、ふらっとその店に入ってきたのが作曲家の浜圭介だった。とんでもなく大変な時代で、彼はギター1本持って、札幌から出てきて、本当にどん底だったんですよ。その時、僕と巡り会って、『お前どこだ』『小樽だよ』って、それからすごく話が合って、で、お互い頑張ろうなって。何頑張るのかよく分かんないけど、で、『すごく良い友達がいるから、今俺が居候している家がすごくいいとこで、北原っていうやつがいるから紹介するから』いうことで、紹介してもらったんですよ」。

 「YMCAで実習がある時に、北原の親父が観光業やるんだからって、勝手に実習さぼってそっちに行っちゃって、帰ってきたら学校の規則に反するってことで、首になっちゃったんです。珍しいらしいですよ。別に辞めたくなかったんですけどね。

 東京にいる義兄(姉の旦那)が、こんなことしていたらだめだってすごく怒って、自分の仕事関係でレストランの仕事を見つけてくれて、そこで2年間くらいいたんですよね。その後、北原のヒュッテにコックとして入って、がんばって、そこでまた巡り会いがあったんですよ。

 出会ったドイツの人が、ヨーロッパのシュピーゲルっていう雑誌のアジア局長をしていて、お母さんが日本で生まれて、日本語ベラベラで、すごい人なんです。その人が怪我をして、ネコに引っ掻かれて毒が回って、それを北原と2人で、夜中に彼の車で病院に連れて行って、先生を叩き起こしたのに感激して、『もし東京に帰って来たら必ず寄りなさい』と言ってくれたんです。でもその時も頭の中は“スイス、スイス”だった。スイスに行くんなら、ドイツ語を勉強しないといけないと、彼の奥さんにドイツ語を教えてもらって。なんにも分からなかったんですけど。で、行く手配を取ってもらったんです。

 彼の知り合いに、本当に幸運だったんですけど、労働ビザとか全て取ってもらって、飛行機代も出してくれて。その代わり、部屋付きで給料は安いですけど、全て面倒見てくれて、シュトゥットガルトからちょっと離れた車で20分くらいの古い街のレストランを紹介してくれて」。

 「ドイツははじめ、3~4年だと思うんですよね。それからいろんな人達に話をして、なんとかスイスにって、でも、まずフランス料理ですから、フランスに行きたいと思って、いろんな人を紹介してもらって、それからオーストリア行って、ウィーン行って、それからスイスに」。

 「はじめはグリンデルワルト。アイガーを毎日眺めながら暮らしてた。ホテルはバーンホ、電車のすぐ横の。部屋はホテルの屋根裏でちっちゃい。屋根裏に住んでて、寝ると窓が下にあるので、ベットより低い、屋根裏だから。窓から見るとアイガーがババーンと。そこに1シーズンいたかな。それからロンドンへ。契約書を交わして。現地の人達がみんな助けてくれて、希望を出すと、全部やってくれる。僕が出来ないから、周りがいろんなことをやってくれて。バックアップしてくれて、ちゃんと契約書も取ってくれて、労働許可も取ってくれて。ロンドンではヒルトンに。

 もう29くらいですかね?その間ヨーロッパを点々として。ロンドンに行って、またとんでもない出会いがあって。日本からハンディキャップスキーの子が1人で来たんですよ。人を介して。ひろし君て言うんですけど、サリドマイド児ですが、スキーがめちゃくちゃうまくて、日本で優勝してワールドカップへ行く時に、イギリスに立ち寄ってそれからスイスに入りたいんだけれども、つてがないってことで、知り合いを通じて、僕のところにそういう話があって。そして、スイスに一緒に行こうということになって。その時にスイスのスキー場に、ハンデキャップスキー協会の女性の会長さんがいらして、その方もハンディキャップのある方で、スキーが世界的に有名な方で、その人が面倒を見るということで、僕はそこに行って、その時、そこに仕事は無かったんですけどね、その方が色々やってくれて、近くのホテルのオーナーが、色々事情を聞いてくれて、まず全部労働許可を取ってくれて、珍しいですけどね、働く先々で労働許可を持っているのは、その当時あり得ないですよね。

 それからベルギーのヒルトンへ紹介され、それも紹介状から全て必要な契約書類全てを揃えてくれて。次に、ジュネーブに最高級のヒルトン作るという話をもらい、No.2で行きました」。

 「東京にいる時から、兄貴みたいな人がいてその人の奥さんの妹と、21、2歳くらいの時から知っていて、日本に帰って来て、お互いにひとり同士だったから結婚。ずっと付き合ってたわけではなく、再開した時にお互いひとりだったから。

 ヨーロッパにいる時は、結婚なんて考えられないもの。戦いだから。毎日が戦争みたいなもので、恋愛なんてしている余裕は無かった。外国人との戦いですよ。つぶされちゃうから、ただ力を発揮していけば、いろんな人が認めてくれると日本人より親身になってくれるから。怠けて狡かったりすると裏切られてだめですね」。

 「30歳を過ぎて、何となく日本に帰りたいなと思っていた時に、『札幌に京王プラザが出来るので戻ってくるか?』という話をもらって、3年か4年いて、そして独立したんです。36歳ぐらいで独立して、札幌の後楽園ホテルがある隣りのマンションに、レストランをオープン。店の名はトーイズ。これは横浜のブリキのおもちゃの北原と、昔男3人で夢見ていた時に考えて、彼は彼で物件を探していたんだけれども、高くてなかなか出来なくて、ただ知り合いの中でぼろ屋があったんで、友人で、お化け屋敷みたいなのがあるけれどということで探して、今の元町の、本当にひどかったんですけどね、仲間が集まってみんなでペンキ塗って、掃除して、やったのがスタートです。彼もそんなにお金がなかったから、実家の遺産も放棄しちゃったから。奥さんの保険で借りてのスタートです。彼は1ヶ月前にオープンして、僕は札幌で1ヶ月後にオープンして、同じ名前にしたんです。協力し合って。ロゴ関係も向こうで作ってくれて」。

 「10年くらいずっとやってて、それからレストランの隣りでケーキの店もやり出した。百貨店の依頼があったんで、丸井さんやったり、なんだかんだ広げていって、手稲にも西友さんっていうのがあってそこでやったり、ケーキの店を店舗拡大していって、札幌の西岡にも店舗を作って、8店舗くらいやってたら、だんだん本当にヤバくなっちゃったんで。

 売上も多かったけど、人も多かったから、銀行はお金貸すし、イケイケドンドンでやったんだけど、これ~ヤバいなーと思っている時に、あるお客さんが、M&Aの話を持って来てくれて、でもやだなと思っていたんですけど、これも不思議なもので、うちの会社のバランスシートを、銀行にいる親代わりの義兄が一応、監査役をしてたので、見てもらったら『これはだめだ、危ない』ということで、自分の銀行とは別に、『後輩で力のあるやつが、札幌支店長で来ているからそれに相談しろ』ということになって。その銀行が仲に入って、M&Aで飲食店をやりたいというオーナーに話が繋がっちゃったんですよ。減少増収などをして都合3年ほどやって、朝里のここだけにしたんです。スタッフもみんな譲渡し、合併した時の銀行の借入は一切合切処理してくれて、今現在は何もなし」。

 小樽の中でも雪深い朝里は、不便ではないかと尋ねると、「全然都会。スイスなんて本当山の中だもん。ここは最高ですよ。もっと奥に行きたいくらい」と笑顔で答えた。

 2015年11月1日からは、朝里のケーキ店の2階で、ランチだけを提供するレストランも始めた。メニューはヨーロッパ修行で培った、肩ロースをトマトとバジルでさっぱり仕上げたポークのトマトシチューと、アメリカンソースに生クリームを贅沢に使った海の幸のクリームシチュー各1,000円(税込)、長時間かけて煮込んだ定番の濃厚なデミグラスのビーフシチュー1,600円(税込)の3種で、共にパンまたはライスとコーヒーが付く。野菜のマリネサラダと、1階のケーキ店とは趣が違う、シェフ特製のデザートが、300円追加で楽しめる。

 1948(昭和23)年生れの67歳。妻と犬2匹・ネコ1匹と暮らす。

トーイズスウィート

小樽市朝里川温泉1-306-36
電話0134-54-0501
ランチ
営業時間:11:30~14:00
定休日:水・木曜日
菓子工房
営業時間:10:00~19:00
定休日:水曜日