小樽在住 国際的版画家・一原有徳さんが死去

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 国際的に有名な小樽在住の版画家・一原有徳さん(1910・明治43生)が、10月1日(金)に死去した。8月に100歳の誕生日を迎えたばかりだった。
 徳島県平島村(現在は阿南市)の出身。真狩村に入植した両親が、一度、帰郷した際に生まれた。3歳の時に今度は家族3人で真狩村に移住した。
 真狩の尋常小学校を卒業した1923(大正12)年、一原一家は小樽市の末広町に移った。この年、株式会社北海道通信社に就職し、社会人としての一歩を踏み出した。約4年勤め離職し、1927(昭和2)年に逓信省小樽貯金局に就職し、60歳の還暦まで43年間勤めた。退職後は、創作に専念した。
 版画家デビューしたのは、1960(昭和35)年、50歳になる年だった。東京画廊で開催した初個展で発表したモノタイプが高く評価された。
 この後、金属板に薬品をかけたり、版を道具や機械で荒らすなどの手法を使った金属凹版。モノタイプをつないだ巨大な版画。廃材を拾い集めたオブジェ作り。饅頭の焼印のテクニックを使った”ブランディング”など、制作方法も拡大。版の概念を拡大し、次々と新しい表現を生み出し、独創性に強いこだわりを持ち続け挑戦してきた。
 2007(平成21)年には、96歳になっても制作意欲を燃やしていた一原氏の企画展「版の魔力 96歳のドローイングとともに」が、市立小樽美術館(色内1)で開かれた。新たにドローイングを主とした作品を発表。
 版画を始めた頃は、俳人、登山家としても有名で、多岐にわたっても活躍した。市立文学館(色内1)では、一原さんの俳人としての姿を紹介する展覧会を開いたこともあった。
 登山家でもあり体力はあったものの、その後、体調を崩し入院。8月23日に100歳の誕生日を迎えたばかりだったが、老衰のため市内の病院で死去した。
 現在、市立小樽美術館内に一原有徳展示室新設のための工事が始まっている。
 葬儀は4日(月)10:00、龍徳寺第1会館(真栄1-3-8)で執り行われる。
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