事例から学ぶ 小樽第3倉庫保全・活用シンポジウム

 新型コロナウイルス感染症拡大防止の緊急事態宣言のため、当初9月4日(土)開催予定だったが、延期となった10月17日(日)、北海製罐所有の小樽第3倉庫の保全・活用を検討する民間組織の第3倉庫活用ミーティング(駒木定正座長)主催のシンポジウム「これまでの100年からこれからの100年へ」に100名が聴講した。

 

 保存活用を検討するために、小樽商工会議所と小樽観光協会が主体となり、建築や歴史等の専門家ら12名をメンバーに、北海製罐株式会社小樽工場長らアドバイザー5名と同ミーティングを立ち上げ、学習を重ね協議してきた。

 

 未公開だった第3倉庫を一般市民にも公開し、オープン勉強会やライトアップなど、市民意識の醸成を図り、市民をはじめ多くの人の関心の高さを伺い知ることができた。

 

 昨年7月に持ち主の同社から倉庫解体検討の話があり、同年9月に年度中の解体が示されたが、1年間の猶予をもらった。その猶予期間も残すところ2週間となった。

 

 シンポジウムでは、講師として、弘前市副市長の経歴をもつ一般社団法人弘前活性化センター・山本昇代表理事が、昨年グランドオープンした弘前れんが倉庫美術館(青森県弘前市)の築100年のシードル工場を美術館へ再生した事業の進め方等について解説。

 

 同美術館は、1880(明治13)のりんご園の開設に始まり、1923(大正12)年に今の建物ができ、日本果実酒株式会社、朝日シードル株式会社弘前工場となり1960(昭和35)年にはニッカウヰスキーにシードル事業を譲渡するも移転。その頃、煉瓦倉庫の形となる。弘前市は2001(平成13)年に倉庫取得を断念。

 

 弘前市出身の世界的な美術作家・奈良美智氏が、同倉庫で展示会を開催したのを転機に、2002(平成14)年に来場者6万人弱・ボランティア469人、2005(平成17)年は来場者約2万人・ボランティア260人、2006(平成18)年は来場者約8万人・ボランティア910人にも及び、市民と作り上げた展覧会となり、煉瓦倉庫を活用した美術館が誕生。

 

 建築家は田根剛氏で、かつてのシードル工場だった歴史を次世代に継承するため、光輝くシードル・コールドの屋根にして同館のシンボルとし、絵を見るだけではなく、訪れる目的を多様化するよう夜まで営業するカフェを併設した。

 

 山本氏は、「常に新しく市民を刺激し、新しい風となる美術館であってほしい。第3倉庫については、先の事を見据え力を蓄える時期。これからの100年を見据え、考えるプロジェクトも市民が継続的に触れ育てる。いろいろな形に波及する倉庫であり、前向きに楽しく議論を進めてほしい」と締めくくった。

 

 第2部は、9月27日(月)に市に提言した「北海製罐株式会社小樽工場第3倉庫の保全・活用に向けて」の概要を、配布した冊子に基づき、北海道職業能力開発大学校特別顧問の駒木座長が説明。

 

 ◎北海製罐(株)小樽工場第3倉庫の保全・活用に向けて(PDF)

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 駒木座長は、「北運河エリアの旧日本郵船株式会社小樽支店前の運河公園で子どもたちが自由に楽しく遊ぶところを見て、歴史的な環境で暮らす未来像を見い出した。

 

 その子どもたちが大人になり小樽を離れた先で、良い町に住んでいたことを思い出してもらいたい。第3倉庫が北運河地区の歴史的景観を織りなすランドマークとして残り続けることを期待している」と述べた。

 

 その後、メンバーのうんがぷらず株式会社白鳥陽子取締役プロデュサー、小樽商工会議所みなと観光プロジェクトメンバー福島慶介氏、第3倉庫の次世代活用を考える若者ネットワークNon・峰尾光人代表が加わり、来場者と意見交換を行った。

 

 迫俊哉市長は、「市としては譲渡を受けたい。近日中に意思表示がある。私の思いを後押ししてくれたのは、多くの皆さんの熱い声。その判断は重かったが、責任をもって取り組んでいきたい」と話した。

 

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