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山塙 征子 ママ
旧丸井今井小樽店の販売員として、30年以上働いたベテラン。丸井閉店後、帽子メーカーからの依頼で、同ビルで暫定営業していたサンモール・ネオ内に帽子専門店をオープンした。 2月のサンモール・ネオの閉店後は、隣接のバッグのアカイシの一部フロアを借りて営業を始めた。場所は違えど、丸井今井にあった高級帽子を販売し続けている。 「小樽には、帽子のことが好きな人が多いの。それに、人が被っていないものを求める人ばかり。だから店に置いている商品は手作りの一点ものばかり」 小樽で生まれ育ち、ご主人の転勤で一度は小樽を離れたが、また戻ってきた。2人の子供を育てた後、軽い気持ちで始めた丸井今井のアルバイト販売員。洋服販売などを経験するうちに、本店に研修に行くようになり、正社員になった。閉店するまでの5年間は、ずっと帽子の販売コーナーを担当した。 「最初は、帽子売りは嫌だなと思っていたけれど、お客さんに被り方を教えたり、似合っているものを見つけたりすることが楽しくなって、最後に喜んで帰っていくお客さんの姿を見ると嬉しくなった。丸井さんのおかげで、今の自分がいる。本当に感謝している。自分で店をやるなんて少しも思わなかったから。自分で店をやって、色々な人とコミュニケーションをとることが元気の秘訣になっている」 同店の取り扱い商品は高級品ばかり。「本当に帽子が好きな人は、4〜5万円のものを値段を見ないで買っていくの」。ここ小樽で、不景気という言葉を感じさせない店だ。 「帽子のセンスは、洋服を選ぶよりも難しい。髪型と一緒だから。でも、お客さんが来たら、この人にはどの帽子が合うかというのがすぐ分かる。あたしプロだからまかせてをキャッチフレーズに営業している」 「帽子が全て」とゆったりと優しい口調で語るママ。 高級婦人帽子「帽子ゃさん」 |
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金澤 ともか ママ
昨年10月にオープンした。「小学3年生と1年生の子供がいるが、最上町に住んでいるが、国語のノートを購入しようとすると、築港の喜久屋書店にまで行かないといけない。私は車を持っているので何とかなるが、持っていない人にしたら、ノート一冊でも、文具を購入するのはすごく大変。子供がゲームセンターでカードゲームをするが、1枚100円なのに同じ種類のカードを持っていると、他の子にそのカードをあげるの。金銭感覚が変だと思った。昔は100円玉でいかに多くお菓子が買えるかを楽しんだのに」と話す。 1個10円の糸ひき飴など、近所にあった駄菓子屋と同じ商品を陳列している。小学生たちに必要な最低限の文房具も置き、緑地区の住民から重宝されている。オープン当時は、糸ひき飴が小学生の間でブームになった。緑小学校の子供たちが、口から糸を垂らして歩くのがステータスになっていたという。 子供を連れた父親が、子供そっちのけで駄菓子に夢中になる。「大人買いすると言って、商品を1種類ずつ買ったりする姿が面白い。子供はポカンとしているけど。大人にも懐かしいと思ってもらえるのが嬉しい」とニッコリ。 店名の「舞桜」は、「桜の花が好きなの。咲いた時と散って風に吹かれて舞うきれいな姿も好きで、咲いても散っても楽しめる桜のように、いつ来ても楽しい店にしたい」と付けた。 学校卒業後に美容師となったが、椎間板ヘルニアになってしまい、一時は歩くことも大変になり退職。しかし、「今は、ずっと同じ体勢じゃなければ大丈夫。毎回、子供たちが店に来てくれた時に、新鮮さを味わってもらいたいから、店の模様替えは欠かせない」と張り切る。 「子供の時によく行っていた駄菓子屋が、ついこの前まで営業していて嬉しく思った。今、店に来てくれる子が大人になって、子供を連れて来るぐらいまで頑張りたい」と、緑地区で頑張る駄菓子屋のママさん。 12月6日(日)11:00〜15:00には、運河プラザ3番庫(色内2)で1周年記念イベントを開催する予定。詳しくはこちら バラエティーショップ「舞桜」 |
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中津 江利子 ママ
9月に、中央市場ビルの南側の1号棟内にオープンしたママたちのコミュニティカフェ「Wa-o!Cafe」の店主。 スキューバーダイビングやアロマ・化粧品販売など、多種多様な職種を経験。10年間の専業主婦を経て、育児情報フリーペーパー「Wa-o」の出版をしたいと企画を持ち込み、情報誌発行・坂の街出版に昨年9月に入社した。 入社1ヶ月後の10月に第1号を発刊し、2ヶ月に1回、小さな子供を育てる主婦に向けて情報を発信している。 これらの情報を発信するだけでなく、ママたちが集まって情報交換をして欲しいと、カフェをオープンした。食やネイルなど様々な分野でプロの講師を招き、趣味を通して育児について語る場を提供している。 「市場が大好きで、買い物は市場で。小樽の魅力は市場にある。たまたま会社の代表がこの店舗を引き継ぐことになり、この場所でカフェをやることになった」 「市場が廃れていくのは避けたい。市内の市場には、石畳で坂になっているところもあり、小樽らしい魅力がいっぱい。私たちの世代は、スーパーに行って、ただただ買い物をするだけ。しかし、市場に行くと、店の人と会話も出来るし、なんといっても子供の食育にもつながる」と、集まったママたちに勧めている。 今はまだ、講習会がある時だけのカフェだが、いずれは毎日営業したいと張り切っている。主婦のフリーマーケットや作品展示会などを開催したいと夢を膨らませる。話し上手で明るい笑顔が魅力の元気いっぱいのママ(41)。講習会の情報はこちら Wa-o!Cafe(ワーオカフェ) |
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西森 久美子 ママ
小樽生まれの46歳。20歳で結婚して21歳で娘を生む。早くに亡くなったご主人の代わりに、昼と夜の仕事を掛け持ち、女手ひとつで育てた。 夜の仕事は、25歳の時に知人から進められて始めた。人と話す接客の仕事は好きだったが、お酒を飲むことが不得手だった。「なんの仕事もそうだが、慣れるまで大変だった」と昔を思い返す。 2年前に、オーナーママから「花ごよみ」を引き継ぎ、人生初のスナック経営に挑戦中だ。 「自分で店を持つ気はなかったがオーナーママが引退するからということで、店を引き継ぐことになった。経営と雇われて働くだけとは全然違うわね・・・」 今では、25歳になった娘も店に出て、母を助ける。ゆったりと落ち着いたママと、娘とアルバイトの若い女の子が作る、明るいアットホームな雰囲気が、この店の特徴。ゆったりと飲みたい年配者から、カラオケをしながら楽しく飲みたい若者まで、幅広い世代の客が訪れる。 ママは、店から離れると、パークゴルフやドライブなどアクティブに趣味を楽しむ。結婚する前は、仕事の合間をぬって、市内にあったディスコで踊って遊んでいたという。「花園にあったゲームセンター横の小路にあったエアポートというディスコによく行ったわ。懐かしい」 普段は洋服だが、金曜日だけは、内装に合わせて和服で接客する。「娘も大きくなったし、あとは楽しく仕事をしたい」と大きな目を細める。 花ごよみ |
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安藤 裕子 ママ
15年前、突然、ご主人が勤める札幌の自動車学校の食堂を経営することになった。飲食店経営のノウハウも何もない主婦だったので、手探りで始めることに。「素人だったから大変だった」 そんな不安も持ち前の明るさと人柄で吹き飛ばし、教師や生徒が長い列を作るほどの人気食堂となった。安くてうまい“母ちゃんの味”が評判だった。8年間営業を続けたが、体調不良を理由にリタイア。 療養生活を送り、体調も回復すると、今度は、市内のラーメン屋でアルバイトを始めた。1年半後、知人から空き店舗の話があり、7月に居酒屋をオープンすることにした。「飲食店を経営することが好きみたい」 「地元のお客さんが気軽に来れるようにしたかったし、頭が弱いから計算が出来ないの」と、ランチは500円、夜の小料理は300円に設定。「料理はちゃんと出ないかもしれないが、口からデマカセならいくらでも出るわよ」 潮見台の小中の同級生2人が、ボランティアで手伝いに来てくれる店内は、いつも常連さんで賑わう。和やかな雰囲気から、地域のお年寄りの憩いの場にもなっている。 自らのことを“ジュリア”と呼ぶユーモアたっぷりの明るいママ。「デマカセを肴に一杯いかが?」 お食事処・居酒屋 あんちゃん |
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正木 芽莉子 ママ
1980(昭和55)年に雇われ店長として働き始め、1989(平成元)年の移転に伴い、オーナーに。 「三本コーヒー小樽店は、当初、三ッ山病院に隣接した店舗にあり、年中無休で人を使って営業していた。会社の方針転換で、オーナー形式に変わり、会社から、“人を使うと人件費がかかるが、使わなければ赤字にならないし、営業時間も何もかも自分で決めてやっていい”と言われたので、乗っかったの。一か八かの賭けでオーナーになったけど、息子も結婚させることが出来たし、孫も2人いるし、選択は間違ってなかったと思う」とニッコリ。 青森で生まれてすぐに小樽へ。「生まれてすぐに、父親の実家の小樽に引越して来たから、樽っ子なの。昨年還暦を迎えたが、年を重ねるごと、小樽以外のところでは生きていけないと感じるわ。小樽には海と山があるし、なんともいっても人情が良い」 小学校2年から日本舞踊・西川流を学び、20歳で師範に。ヨガも10年以上続けている。「今は、毎日5:30に起きて、友達と3人でぺちゃくちゃしゃべりながら、小樽公園を歩くのが好き」 「終戦後に生まれて、芽莉子(めりこ)という“アメリカ”のような名前が嫌だったの。年をとったら慣れるかなと思っていたけど、全然慣れない。親は、芽が出て利益が出るようにと付けてくれたが、今でも名前を言わないで良いなら言いたくないわ」と軽やかな口調ながら、その場を盛り上げる。 周辺の主婦の溜まり場で、カウンターに腰をかける客と賑やかに会話を弾ませている。 MMCコーヒーショップ小樽店 |
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佐藤 恵美 ママ
5月20日に、市役所前にオープンしたばかりのランチ&ドリンク「ポテト」のママ。 バスケットやバレー、スキーなどオールラウンドで 楽しむというスポーツウーマン。小樽手宮っ子。高校生の時には、手宮市場でアルバイトしたり、実家の菓子屋を手伝ったり、とにかく接客が好きだという。 卒業後は、苗場スキー場でスキーをしながらアルバイトしたり、黒部ダムのホテルや三宅島の旅館で働いてアウトドアを楽しむなど、3年間、全国各地を遊び回った。 「ヒッチハイクしたりして色々な場所へ行った。小樽とは別世界で本当に楽しかった。風来坊だったわ。3年間だけだったのに、いつも色々な場所にいるもんだから、親とかに、あんたはいつまでフラフラしてるのって言われたなぁ」 この後、小樽に戻って24歳の時に結婚。主婦をしながら仕事に出た。空いた時間には、ミニバレーチームに入ってプレーしたり、最近ではパークゴルフも始めた。 「もう57歳なので、やりたいことをやると決めたの。実家が菓子屋さんだったせいか、自分も商売が好きみたいで、今頃になってとも言われたけれど、お店を持つのが夢だったの」と、5月に店をオープン。所属するミニバレーチームの名称「ポテト」を店名にした。 知人の仲買人から仕入れた魚や、自分で取った山菜を使って、安くて健康的なお袋の味を提供する。「魚も安く手に入るし、あたしはメスグマだから、山行って山菜を取ってくるの。新鮮な材料を色々工夫してメニューの幅を広げるようにしている」 友人や親戚と和気藹々と営業し、店内は仲間たちが集う部屋のよう。 ママの写真にも仲間が一緒に顔を出す。「年齢も年齢だから10〜15年出来ればいいっしょ」と笑顔で話す。人当たりの柔らかな手宮育ちのママ。(写真中央がママ) ランチ&ドリンク「ポテト」 |
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須田 京子 ママ
札幌ススキノで20年スナックを経営していたが、小樽が大好きなご主人が花園で店を開くことになり、11年前に移住。 最初はご主人の補助ということで店の経営を手伝っていたが、5年前にご主人が新しく居酒屋を市内にオープンしたため、自分がこの店のオーナーとなった。 「海水浴に来て、お寿司を食べて潮まつりに来るのが好きだったが、まさか小樽に住んで、自分で焼き鳥屋をやることになるとは夢にも思わなかった。考えもしなかったことが起きるから、人生って楽しいのよね」 “安くてうまい”の精神をご主人から引き継ぎ、焼き鳥やつまみのメニューは、110円から350円までの低価格に抑えている。「景気が悪くなって5年前よりも売り上げが半減している。でも、お客さんが来ないからといって値段を高くしていたら、もっと来なくなってしまう」 スナックと焼き鳥屋と飲み処を長く続けてはいるが、酒はほとんど飲まないという。趣味は、温泉巡りで、休みの日でなくても温泉に浸かることもしばしば。その甲斐もあって肌はツヤツヤ。 「札幌のお客さんには、店を辞めると言っただけなのに、どこかで聞きつけてのか、小樽のこの店にも遊びに来てくれる。小樽の常連さんにも助けてもらって営業出来ている。死ぬまで、やれるところまでは店を続けたい」と話す。 若い客に“下宿先のお母さん”のような暖かさを感じさせるママ。 やきとり参九郎 |
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智 祥(ち しょう) ママ
昨年6月、夫の森義仁さんと一緒に喫茶とフラワーショップをオープンし、四季折々のフラワーアレンジメントやブーケ、ガラス製作などを行っている。 小樽市出身。高卒後、親の勧めで看護師の専門学校へ進学したが、「病院の試験は合格したけれど、国家試験は不合格で、東京へ逃げたの」 しかし、母親からは「すぐに帰って来い」と言われ、逃亡生活も数ヶ月で終わり、小樽に戻ってきた。その後、フラワーショップに勤め、「幼少の頃から物を作ることが好きだったから、花に触れることが面白くなった」と、アレンジメント教室に通い、修業のために再び東京へ。 「素晴らしい先生に出会えて、勉強がとても楽しかった」と、勉学に励んでいたが、23歳の時に、母親が癌で余命半年と診断された。「東京の占い師に、私が帰れば治ると言われ、親孝行もしていないから、半年だけでも帰ろうと思って戻ってきた」と帰省。帰ってみると、「手術後の容体が快復し、余命半年だったはずが、10年以上も生きている」と嬉しそうに話す。 「二度東京に行ったが、結局、小樽に帰ってくることになって、よっぽど縁があるのか、小樽から出られないのよ」と笑う。 再び戻った小樽で、ガラス作家と知り合い、北一ガラスに就職。働きながらガラス製作技術を覚え、7年前に独立。工房を開いて、動物などの可愛らしいアクセサリーを造った。 昨年、夫と一緒にカフェ&フラワーショップを開き、店名をフランス語でガラスの森の“ヴェールボア”に。 「時間もないし、収入が中々上がらないが、お客さんのバックアップがあって、すごく助かっている。チラシを持ち歩いてくれたり、新しいお客さんを連れてきてくれたりする。おかげで少しずつお客さんが増えてきた」 花とガラス作品を合わせて絵本を作ることが趣味で、コンクールにも出品している。明るいその人柄と花とガラスの作品が、訪れる客に元気を与えている。 Verre Bois (ヴェール ボア) |
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村田 美貴子 ママ
生まれも育ちも生粋の小樽っ子。19歳で子宝に恵まれたが離婚、女手ひとつで息子と娘を育て、現在は6ヶ月になる孫もいるという、47歳の若いグランドマザー?!。 子供をひとりで育てるために、昼はOL、夜はスナックで、20年間働き続けた。「眠る時間はあったけれど、確かに体は疲れたが、若かったから出来たのね」 ビルのオーナーから誘われたのがきっかけで、2007(平成19)年11月に店をオープン。8年間働いていた“ノクチューン”のママに憧れており、着物姿での接客に努めている。 カウンターを大理石風に、エルメスのスカーフを額に入れて壁に飾り、落ち着いた雰囲気を演出している。客との会話を大事にしたいとカラオケを設置していない。客がゆっくりと落ちついた時間を過ごせるように低い椅子を採用し、BGMには、静かなジャズが流れる。オリジナリティにこだわり、ススキノのクラブに足を運ぶなど、店に工夫を凝らすのに余念がない。 「目立ちたがりで、女優になりたかったの。今年からミスおたるの年齢制限が緩和されたと聞いたので、応募してみようかしら」。本気か冗談かと、明るい性格のママと美人スタッフたちの笑い声が店内に響く。 「一生、店を続けたいと言った事もあったけど、お嫁にも行きたいの」と、現在恋人募集中だ。 店名のアンジェラスは、ラテン語で“天使”。「店の名前を考えていた時に、友人からのアドバイスをもとに“天使”というフレーズにこだわって、インターネットで様々な言語の読み方を検索したの。ようやく、行き着いたのがアンジェラス」 「一生、店を続けたいと言った事もあったけど、お嫁にもいきたいの」と、現在、恋人募集中とのこと。「7人の天使ちゃんたちとお待ちしております」と、大きな瞳を細める。 ラウンジ アンジェラス |
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七尾 真由美 ママ
小学校からの夢“給食のおばさんになりたい”を目指して、山形の高校を卒業するとすぐに調理師免許を取得。憧れの元歌手・女優の山口百恵が幼少期を過ごした横須賀に移り、大手企業の社員食堂で働きながら腕を磨き、地元・山形に戻って飲食店をオープンした。 転勤で山形県に移り住んだ小樽出身のご主人と出会い、結婚。長男が生まれると、山口百恵の長男と同じ名前の“祐太朗”と名づけた。 5年前に、ご主人の実家の小樽の地へ。市内の洋食レストランや和食料理店などでアルバイトをしながら、料理のバリエーションの幅を広げた。「若い子の悩みを聞いてあげるのが好きで、お金のない学生や高校生に、お腹いっぱい食べてもらえるような店を開きたい」と、昨年5月、長崎屋から都通りに向かう小路に店をオープン。 「趣味みたいにきまぐれにやって、小樽のお客さんが集まって和気藹々と楽しめる店にしたい」との想いから、店名を“きまぐれ趣味好房”に。 「お客さんとコミュニケーションを取りながら楽しく営業している。お客さんから『おすすめは?』と聞かれるけど、お客さんによって味覚が違うから、まずは好きな品物を注文してもらって、次に何が食べたいか聞いて、お客さんが求めるものを作るようにしている」 「小樽には、古い建物があるので、お金があればそういったところでオープンしたかった。でも、都通りに近い良い物件が見つかり、店もそんなに大きくないから、人件費もかからないので、なんとか値段も抑えられる」。昨年小樽に引っ越してきた実母と、アルバイト1人の3人で営業。定食や丼のメニューは、1コインの500円から1,000円以内。 趣味の洋裁で、店内の暖簾や飾り物もすべて手作り。「素敵ねって良く褒められるの」と笑みを浮かべる。 “笑って生きる”がモットー。山形弁の独特のなまりで客を和ますママ。 きまぐれ趣味好房 |
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鏡 幸子 ママ
「今日も良く漬かってるよ。買っていかないかい」と、元気良く買物客に声をかける。「小樽にも畑がいっぱいあって、小樽の野菜が売れないと農家さんたちも美味しい野菜を作ろうと思わなくなる」と話す。 釧路生まれ。20年前に、見合い結婚した主人の住む街・小樽へ。フリーマーケット愛好会の代表として、68グループを束ねて、市内各地で催しを開き、自家製漬物や衣類などを販売してきた。 「市役所の環境部の呼びかけで、私が代表になって愛好会を結成することになった。発足当初、年間20万円の助成金が出ていたが、18万円、16万円と減額され、最終的には無くなった。助成金の代わりに、産業会館のスペースを無料で貸してもらうという話になったが、駐車場などの問題で苦情があり、開催場所も限られ、泣く泣く愛好会を解散することになった。 この後、サンモール・ネオの地下1階に一坪ショップ「おいしい手づくり工房」を開店し、漬物を専門に販売しながら、海のイベント「マリンフェスタ」や「ベイエリア」、「雪の花酒造の蔵まつり」などに参加し、仲間とともに小さなフリーマーケットを開催する。 「サンモール・ネオの地下だけでは人出がなく売上げも見込めない。アーケードの一角に小さなワゴンを設置して、販売も行っているし、色々なイベントにお誘いを頂くので、なんとかお客さんのいるところへ出向いて販売しているが、利益が上がらない」と肩を落とす。 「小樽の水は美味しいから、野菜もみずみずしく、やわらかくて甘い。美味しい小樽産の野菜で作った漬物を少しでも多くの人にアピールしたい」と話す。小樽産の野菜の漬物の販売は11月から3月まで。おすすめは、大根ときゅうりの酢漬け・醤油漬・カス漬など。200g・200円。 一坪ショップやフリーマーケットのほか、「何か自分で社会貢献をしたいと思っている」と、市の女性国内研修の修了生で組織する「ネットワーク・らん」で、勝納のフェリーターミナルで花畑作りを実施している。「小樽港の景観をきれいにしたい」と、フリーマーケットの販売収益を材料費に充てている。今後は、花畑のことを知ってもらおうとライブを行う予定。ライブとともに北防波堤の歴史を知らせるようなことも考えているという。 フリーマーケット活動で小樽や社会のためにと日々活動する、小樽産漬物屋「おいしい手づくり工房」のママ。 おいしい手づくり工房 |